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奥能登観光:50年前の時国家 ― 2026年03月09日
周遊観光バスで奥能登を巡ってから早くも半世紀。
東京から奥能登へはなかなか行く機会もなく記憶は薄らぐばかり。
そんな中、1枚の新聞記事で昔を思い出すことになりました。
昨年の9月12日の東京新聞夕刊の記事です。
「時国家住宅とその庭園」の修復の話でした。
東京から奥能登へはなかなか行く機会もなく記憶は薄らぐばかり。
そんな中、1枚の新聞記事で昔を思い出すことになりました。
昨年の9月12日の東京新聞夕刊の記事です。
「時国家住宅とその庭園」の修復の話でした。
時国家という名称は覚えています。
輪島市にある「下時国家」と「上時国家」と呼ばれる施設です。
観光バスで立ち寄った記憶があります。
ところが、このどちらの施設も、
2024年正月の能登半島地震で傾いたり倒壊。
また、同年9月21日の豪雨で下時国家では裏山が崩れ、土砂の流入により大きな被害を受けたそうです。
新聞記事によれば「時国家住宅(下時国家)とその庭園」の復旧工事が現在行われているものの、完了までには4〜5年かかるそうです。
そもそも、この両家とも観光客の減少などにより2020年(下時国家)と2023年(上時国家)に一般公開を終了していたそうです。
とすると私たちが約50年前に見学したことは大変貴重な体験だったわけです。
その時の貴重な写真を探してみることにしました。
まず地理的情報を確認するために、東京新聞のデジタル版から次の概略地図を借用しました。
輪島市にある「下時国家」と「上時国家」と呼ばれる施設です。
観光バスで立ち寄った記憶があります。
ところが、このどちらの施設も、
2024年正月の能登半島地震で傾いたり倒壊。
また、同年9月21日の豪雨で下時国家では裏山が崩れ、土砂の流入により大きな被害を受けたそうです。
新聞記事によれば「時国家住宅(下時国家)とその庭園」の復旧工事が現在行われているものの、完了までには4〜5年かかるそうです。
そもそも、この両家とも観光客の減少などにより2020年(下時国家)と2023年(上時国家)に一般公開を終了していたそうです。
とすると私たちが約50年前に見学したことは大変貴重な体験だったわけです。
その時の貴重な写真を探してみることにしました。
まず地理的情報を確認するために、東京新聞のデジタル版から次の概略地図を借用しました。
輪島市の西に名勝「能登金剛」があり、そこに寄った私たちの観光バスは国道249号を東向きに走り、両時国家を訪れたのち「窓岩」のある曽々木海岸まで行って宿をとった記憶があります。
その時のフィルムを保管したスリーブのメモ書きによれば1974年3月21日の事でした。
該当しそうな写真をその前後も含めてベタ焼き風に並べてみます。
NikonF2で撮ったモノクロ写真とCanonDEMIで撮ったカラー写真とがあります。
その時のフィルムを保管したスリーブのメモ書きによれば1974年3月21日の事でした。
該当しそうな写真をその前後も含めてベタ焼き風に並べてみます。
NikonF2で撮ったモノクロ写真とCanonDEMIで撮ったカラー写真とがあります。


写真から判断するに、時国家のものと思われる写真はモノクロに4枚、カラーに1枚ありました。
・上時国家の写真は以下の4枚
・上時国家の写真は以下の4枚
・下時国家の写真は以下の1枚
黒のコート姿の男性とショールを纏った女性の二人連れは、アルバムの他の写真にも写っているので私たちの乗った観光バスの同乗者のようです。その後どうされているのかな?などと余計な事を考えてしまうのも昔の写真を眺める楽しみですね。
それにしても、この趣ある茅葺き屋根の建物が傾いて土砂まみれになっているって残念な事です。写真に残る白壁を見るととても悲しいです。
せっかくですので、国土地理院の航空写真(1975年版)に撮影位置をプロットしてみました。
ブログにまとめる今回の作業を通して、
時国家観光の記憶を私の頭の中で整理することができました。
人生の宿題を一つ片付けた気持ちです。
関連記事
奥能登の窓岩:50年前の姿(https://mejiro.asablo.jp/blog/2024/01/05/9648562)
(続く)
奥能登観光:50年前の總持寺祖院 ― 2026年03月13日
52年前の奥能登観光バスに乗った私たちは
「能登金剛」から「時国家」を巡り「曽々木海岸」へ至りました。
モノクロフィルムにその時の写真が残っていました。
ところが、その中に撮影場所不明の写真が数枚ありました。
次のベタ焼きの中で「国道249号沿い観光施設」とコメントしたのがそれです。
「能登金剛」から「時国家」を巡り「曽々木海岸」へ至りました。
モノクロフィルムにその時の写真が残っていました。
ところが、その中に撮影場所不明の写真が数枚ありました。
次のベタ焼きの中で「国道249号沿い観光施設」とコメントしたのがそれです。
明らかに自分が撮影した写真であるにもかかわらず、
どこで撮影したか覚えていない、というのは気持ちが悪いものです。
それで今更になりますが場所の特定にトライしてみました。
能登の周遊観光バスが国道249号を走ったことは間違い無いでしょう。
それで、この国道沿いにある観光施設を順番に調べてみました。
10年ほど前の「ブルーガイド地図(下図)」やGoogle Mapを参考にしました。
どこで撮影したか覚えていない、というのは気持ちが悪いものです。
それで今更になりますが場所の特定にトライしてみました。
能登の周遊観光バスが国道249号を走ったことは間違い無いでしょう。
それで、この国道沿いにある観光施設を順番に調べてみました。
10年ほど前の「ブルーガイド地図(下図)」やGoogle Mapを参考にしました。
能登金剛から輪島市に向かって20Km程のところにある「卍總持寺祖院」がそれっぽいです。
次の昔の写真に写っている太鼓橋、
次の昔の写真に写っている太鼓橋、
ネットで調べると、まさにこれと同じ形の橋が總持寺の「白字橋」でした。
橋の奥に写っているのは山門。補修中だったのですね。
その1枚前の広大な駐車場の写真。
橋の奥に写っているのは山門。補修中だったのですね。
その1枚前の広大な駐車場の写真。
これは多分、總持寺関連の駐車場であろうと思います。
カラーのフィルムにも總持寺の建物が写っていました。
カラーのフィルムにも總持寺の建物が写っていました。
これが大祖堂(法堂)
これは僧堂。
總持寺も2024年の能登半島地震により甚大な被害を受けたそうです。
復興がなされたら再訪し、
今度こそは写真だけでなく自身の記憶にもとどめたいと思います。
總持寺も2024年の能登半島地震により甚大な被害を受けたそうです。
復興がなされたら再訪し、
今度こそは写真だけでなく自身の記憶にもとどめたいと思います。
桜満開の目白ジオラマ ― 2026年03月17日
KATOの「日本のさくらキット」を買いました。
私のジオラマの桜を植え替えるためです。
最初の写真はその完成形6本です。
製作手順は次のとおりです。
1.広葉樹の幹の原形
2.幹を立体的にします
3.天然素材樹木を接木して樹形を作る
4.さくらの花びらをふりかけ完成
ポイントは天然素材樹木の中から枝ぶりを考えながら、中枝・小枝として使えそうな部分を選び出すことです。
接着剤を塗布した幹にこの中枝・小枝を、本当に「接木つぎき」するように貼り付けていくと、実にリアルな桜の樹形が出来上がります。
実際のジオラマに植え込んだところ
昔に比べてジオラマ製作の材料や技術が充実しているような気がします。
実に楽しいです。
早速試走
電車も都バスも喜んでいるようです。
私のジオラマの桜を植え替えるためです。
最初の写真はその完成形6本です。
製作手順は次のとおりです。
1.広葉樹の幹の原形
2.幹を立体的にします
3.天然素材樹木を接木して樹形を作る
4.さくらの花びらをふりかけ完成
ポイントは天然素材樹木の中から枝ぶりを考えながら、中枝・小枝として使えそうな部分を選び出すことです。
接着剤を塗布した幹にこの中枝・小枝を、本当に「接木つぎき」するように貼り付けていくと、実にリアルな桜の樹形が出来上がります。
実際のジオラマに植え込んだところ
昔に比べてジオラマ製作の材料や技術が充実しているような気がします。
実に楽しいです。
早速試走
電車も都バスも喜んでいるようです。

















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