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地震の時はジョナサン2014年10月10日

新目白通り沿い、山手線の高田ガード東に「ジョナサン高田馬場店」がありました。
ジョナサン高田馬場店

私は時々通っていたのですが、今はきれいさっぱり解体され跡形もありません。
ジョナサン解体後
街路の奥からも新目白通りを走る車がよく見えるようになりました。
道路向かい側の店舗の眩しいほどの光も良く見えます。

三ヶ月ほど前にここを歩いていたら、シートで覆われて解体中でした。
ジョナサン解体中
それで、「あーあ、ジョナサン、無くなっちゃうんだ」と思いました。
ジョナサンが無くなると、実は困ることが二つあるんです。
・ひとつ目は、美味しい「カレー南蛮」が食べられなくなること。
・ふたつ目は、大地震の時の待ち合わせ場所がなくなること。

もう三年半にもなるんですね、あの三月十一日の大地震から。
あの日の午後、たまたまこの近くで用事を済ませた義妹が帰れなくなりました。
その彼女を、我家まで連れて行くので待ち合わせしたのが、
この「ジョナサン」だったのです。
車でピックアップするのに分かり易い場所でしょう?
ちなみに、あの日
女房は吉祥寺に行っていて遂に帰れず、
娘は目白の自宅まで帰宅したものの、何と渋谷から徒歩で!
外出していた女性には大変な日でしたね。男もですが。

そして、ジョナサンの向かい側の様子も変わっている事に気が付きました。
当時は「TOYOTAレンタカー」でした。
トヨタレンタカー
何とか看板で目立たそうとしていますが、建物は小さかった。
それが今ではトヨタレンタカーは消え、
この場所からは、夕方ともなると、まばゆいばかりの光が放たれています。
二枚目の写真でジョナサン跡地越しに、その光が見えます。

でも、これはセブンイレブンです。できたのは最近。
昼間に見ると次の写真のように、むしろ存在感は小さいです。
セブンイレブン
そうなんです。
ここは何故かマンションとかオフィスとか建たない場所なのです。
40年前も国土産業KKという会社の専用駐車場でした

ジョナサン跡地に工事用の仮囲いがあり、
そこに看板が掲げてありましたのでメモ代わりにiPhoneで撮影。
富士急行株不動産事業部
「あれ!?、『富士急行(株)』って何か覚えがあるぞ」
私自身が書いたブログ記事「ポンチョとカレー南蛮」で確認して、
この場所は昔「富士急行高田馬場社員アパート」だったのを思い出しました。

そうなのか。
上ものは時代とともに建て替わり、それにつれて街の風景も変化し、
その変貌ぶりに私達は驚いたり感傷に浸ったりしているのですが、
実は土地所有者はずーっと同一だったりするのですね。
「うーむ、土地持ちにはかなわないな」
地震が来て建物が壊れても土地は残るしね。
富士急さんには、せめて、地震の時の待ち合わせ場所を提供して欲しいです。
女性たちが途方に暮れないように。