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長崎旅情(1)15年ぶりの大浦天主堂2015年01月01日

1999年以来の長崎への旅。
女房にとっては始めての長崎なので、定番の観光地も廻ることになりました。
スタートは「大浦天主堂」

15年前の天主堂の様子はこうでした。
15年前の大浦天主堂
次の写真は今回撮影のもの。
現在
天主堂は変わりませんが、階段踊場右に「祝信徒発見150周年」の看板があります。
今年2015年は、この天主堂にとって、記念すべき年なのですね。

天主堂前には、今から50年前に造られた「信徒発見100周年の記念碑」がありました。
信徒発見
この記念碑の解説文には、
この天主堂が建立された1865年に、隠れキリシタン十数名が教会を訪れて、
『私達もあなた様と同じ心のものでございます。サンタ・マリヤの御像はどこ』と言ったこと、
また、彼等は300年に亘る厳しい迫害を堪え忍び、カトリックの信仰をひそかに守り伝えてきた人々であること、
が記されています。
300年と言えば世代にして約十世代です。
そんなに長い間、迫害を受けながら守り通した信仰って凄いとしか言いようがないです。

この天主堂の隣にはグラバー園の高台があり、
その高台に昇るためのエスカレータから天主堂を見下ろすことができます。
天主堂見下ろし現在
瓦屋根や尖塔の形が美しいでしょう?
15年前は次の写真のようでした。
天主堂見下ろし昔
偶然ながらほとんど同じ視点からの撮影です。
天主堂だけでなく、遠くに見える山並みまで、
時を経ても同様の風景であることに何故か感動します。

さて、この天主堂、正式には「日本二十六聖殉教者天主堂」と呼ばれ、
26人の殉教者に捧げられたものなんだそうです。
そのため天主堂正面は、その26人が処刑された場所「西坂の丘」を向いています。
上の写真で、左方向(北方向)のずーっと先、長崎駅の近くにその丘があります。

今回の旅行は時間に余裕があったので、その「西坂の丘」にも行って見ました。
西坂の丘
この写真が、この地で処刑され、その後、聖人に列せられた26人の記念碑です。

殉教のエピソードを簡単にひも解くと、
1597年に京都で捕らえられた彼らは、耳を削がれた上に長崎まで連れられ(しかも徒歩で)、この西坂の丘で処刑されたそうです。

記念碑に刻まれているのは彼等が昇天する姿です。
昇天する26聖人
また、この26人の中には「ルドビコ茨木」という少年もいました。
彼は信仰と引き換えの助命申し出を断り、
12才の若さながら毅然として磔刑に処されたそうです。

「ルドビコ茨木」の像は「浦上天主堂」にもありました。
ルドビコ茨木
「浦上天主堂」は長崎駅から更に北方の爆心地近くにあります。
原爆により、かつて存在した旧天主堂は、はぼ完全に破壊されました。
マリア像は瓦礫の中から頭部だけ発見されましたが、次の写真のように
空ろな目は深い悲しみをたたえています。
被爆マリア像
そして被爆時に堂内にいた信徒は全員死亡したそうです。

先日、穏やかな日差しの年の暮れでした。
昔のレンガ造りの姿に復元された浦上天主堂の脇の駐車場で、
若い神父さんと信徒の女性が、にこやかに「来年もよろしく」と挨拶していました。
平和な天主堂
こんな平和な姿こそが奇跡のようなものかもしれません。
ついでながら、15年前のこの場所の風景、次のとおりです。
夕暮れの天主堂
夕方の4時過ぎに長崎に到着し、駆けつけた浦上天主堂はもう薄暗かったです。
バッグを襷がけにして歩いている少女の姿も、ちょっとぼんやりしています。
でも、これはこれで懐かしい写真です。
この少女が、先ほどの神父さんと談笑している女性ですよ、きっと。

続く

長崎旅情(2)グラバー園2015年01月03日

前回)からの続きです。

グラバー住宅の前庭から長崎港を望む。
グラバー住宅から長崎港を望む
安政の開国直後の1859年、21歳で来日したグラバーは貿易商として成功しただけでなく、日本の近代化にも多大な功績を残しました。彼の住宅や、その他の明治期の洋風建築が保存されているこの「グラバー園」は、長崎市内観光には欠かせません。

15年前の写真と、それに対応する今回の写真とを並べて見ました。
■旧三菱第2ドックハウス
01a

01b

■旧ウォーカー住宅
02a

02b
この新旧比較は、意図せずに同じ角度から撮影したものです。
要は、ここがカメラを構えたくなる場所なんですね。

■旧ウォーカー住宅の玄関
02c

02d
階段がバリアフリー対応で、市松模様のスロープになっています。

■グラバー住宅
03a

03b
建物保存が目的なだけあって、見事に不変。

■グラバー住宅の温室
04a

04b
昔のものは何の写真か忘れていましたが、
今回の再訪で、住宅付属の温室であることが確認できました。

■貴婦人
05a

05b
昔も今も、美しく着飾った貴婦人たちが優雅に散策していました。
レンタル衣装(30分500円)だと思いますが、いい風景ですね。

■三浦環(たまき)の像
06a

06b
長崎を舞台としたオペラ「蝶々夫人」を歌い続けたプリマドンナの像。
彼女が歌う「ある晴れた日に」が聞こえてくるようです。
この像と15年ぶりに再会した私は、ピンカートンになったような気分でした。
とすれば、彼女の傍らの幼児は私の子?、なわけありません。

■テニスコート整備用のローラー
07a

07b
そう言えば、土のコートは掘り起こしたあとにローラーで均すんですね。
長崎には、日本最初の「何とか」がたくさんあります。

ここに載せた写真の撮影に使用したカメラ、
15年前は富士カルディアトラベルミニ(フィルム)、
今回はCASIO EXILIM EX-H20G(デジタル)です。
いずれも大衆向けの安い製品ですが、やはりフィルムの雰囲気は良いです。

続く

師走の南池袋2015年01月05日

大晦日に撮影して、元旦に現像したフィルムから2,3枚選んでみました。

■師走の公園
鬼子母神に隣接する「雑司が谷みみずく公園」の大晦日の夕暮れ時、
先ほどまで遊んでいた親子も家路に就き、滑り台も仕事納めです。
師走の雑司が谷みみずく公園

■年越そばを売る少年
ここ数年、いつもこの風景を見ているような気がします。
ということは、毎年12月31日の午後になると、
私はこの四つ角をぶらつくのが習慣になっているようです。
年越そばを売る少年

■空き地に夕陽
南池袋公園に隣接する空き地。
ずーっと空き地なのが何故かとても気になります。
空き地に夕陽

撮影機材等:
Hasselblad500C
Planar 80mm/f2.8(ハッセル用はこれしか持っていないけど一応記入)
Kodak 400TX("ADOX ADONAL"で自家現像)

長崎旅情(3)長崎は今日も晴れだった2015年01月07日

前回)からの続きです。

ちょっと古い歌謡曲ですが、
春日八郎の「長崎の女(ひと)」にこんな歌詞がありました。
...
夢をまさぐる 『オランダ坂』に
しのび泣くよな 夜が来る
...
それで、長崎と言えばオランダ坂か、と思い15年前に次の写真を撮りました。
15年前のオランダ坂

この時は晴天でした。
でも長崎と言えばやはり「雨」ですよね。
内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」の歌詞はこうです。
...
さがし、さがし求めて ひとり、ひとりさまよえば
行けど切ない 『石だたみ』
ああ 長崎は今日も雨だった
...
それで、今回は雨に濡れて銀鼠に光る石だたみの写真を撮ろうと思いました。
旅程の前半は晴れ、後半は雨、の気象予報だったからでもあります。
ところがその後半に撮った石だたみは次のとおりです。
02
これは、東山手居留地の入口からオランダ坂へ向かう石だたみですね。
そして、外国人居留地時代の「領事館の丘」に現存する坂道と石垣もこのとおり。
03
雨が降らなかったので、全然濡れていません。
結局、今回の旅行は、天気には恵まれ過ぎの旅だったんです。
タクシーの運転手さんが言うには、「長崎は雨、少ないよー」だそうです。
では、歌のイメージは何だったのでしょうね?

そのかわり、天気が良いので、市電と徒歩、時々タクシーで、
市内のあちこちを見物できました。
また、歌謡曲ですが、青江三奈の「長崎ブルース」にこう歌われています
...
どうすりゃいいのさ 『思案橋』
『丸山』せつない 恋灯り
ああ せつない長崎ブルースよ
...
それで行って見ました『思案橋』。
04
停留所名は「思案橋」でも、もう橋自体はないのですね。
一応、1970年に欄干の一部が復元されていました。
04a
さらに行って見ました『丸山』。
長崎の「丸山」は、江戸の吉原、京の島原と共に日本三大遊郭の一つでした。
その丸山の入口が、次の写真の丸山交番付近だそうです。
05a
かすかに、そんな花街の雰囲気を醸し出しているような気がします。

それでも観光名所としては、跡ではなく現存して欲しいです。
そんな意味で本物を求める私が気に入ったのは「眼鏡橋」です。
06
市内を流れる中島川にかかるこの橋は、
1634年に唐僧黙子(もくす)禅師によって架設された、わが国最古の石造アーチ橋です。
400年の時を経て語りかけてくるものがあります。

もう一つ、現役の職人さんが作る「べっ甲細工」も必見。
08
これは眼鏡橋近くの「江崎べっ甲店」の店内で見ることができる作業風景です。
お店の外観は黒塀を廻らして高級料亭のようでした。
07a
べっ甲細工は、丸山の花街で装髪具などにも用いられていたそうです。
いつの世も、魅惑的なアクセサリーは女心をくすぐるのですね。
女房も、当然このお店でプチ散財してましたよ。

続く

おとめ山公園にアオサギ2015年01月09日

本日、おとめ山公園を散歩していると普段は見かけぬ鳥がいました。
おとめ山公園にサギ
場所は、2013年4月に開園した「水辺のもり」の南端の池です。
02
良く見ると青サギです。
優美な白鷺(次写真参照)に比べると、青サギはちょっとユーモラスに見えます。
渋谷で見た白鷺
青サギの写真二枚は、見つけて咄嗟にiPhoneで撮ったもの。
でも、この青サギは人間を恐れていないのか、私が近づいても、
首を左右に振るだけで飛び立とうとはしませんでした。
水辺に餌が来るのを、のんびり待っているのでしょう。

それで、私もおもむろにフィルムカメラの”Nikon F2”を取出し、
望遠レンズの200mmに着け替えて撮影しました。
03

おとめ山公園の中でも、ここはまだ開園から二年も経っていないエリアです。
それなのに、ここに水辺があることをどうして知ったのか不思議に思い、
サギにたずねてみました。「○△□-○×□△○?」
サギが答えるには「新宿区の区報で知った」そうです。
賢いサギがいるもんですね。