▪️次のボックスに適当な文字列(複数可)を入力して、当ブログ内を検索できます ▪️下の目次タイトルをクリックするとテーマ別過去記事の目次へ飛びます
    ・目白の風景 今昔:目次
    ・吉祥寺の風景 今昔:目次
    ・昔と今の写真(番外編):目次
    ・地中海バブル旅行etc.:目次
    ・旅のつれづれ:目次
    ・母のアルバム:目次
    ・目白ジオラマ鉄道模型:目次
    ・すべてのカメラに名前がある:目次

愛隣の心はアンパンマン2015年03月06日

母のアルバム」に少し見覚えのある写真が一枚ありました。
昔の愛隣幼稚園
右遠方に見えているのは、愛隣幼稚園。私の通った幼稚園です。
正面の二階建ての洋館には、確かその園長先生(教会の司祭様)がお住まいでした。
雨の翌日だからでしょうか、中央の小道には水溜りが残っています。
舗装もされていない砂利敷の道、
ここに木の枝で絵を描いたり、或いは四角のマス目を作って石蹴り遊びをしたり、
幼年期の思い出がよみがえります。
道の右側には畑、左側には木の塀で囲われた二軒の住宅が写っています。
外壁は木の羽目板、当時の家としては普通の仕様ですが、火にはいかにも弱そうです。
これは「専売公社(JTの前身)」の社宅でした。
実際、この社宅は1960年頃に火災によって消失したので、
この写真は、それより前の1950年代後半のものと思われます。
撮影者不明、ひょっとしたら幼い私が撮ったのかもしれません。
とすれば、カメラは買って貰ったばかりのフジペット。

いずれにせよ、この地を離れてはや数十年、
先日この近くに用事があり、合間を見てこの幼稚園を訪ねてみました。
ほとんど昔と同じ状態で残っていました。
幼稚園と共にある教会の塔が隠れないように、
昔の視点からやや左にずれた位置から次の現況写真を撮りました。
今の愛隣幼稚園

近くで見ると、塔と聖堂は次のような形をしています。
宇都宮聖ヨハネ教会全景
壁は大谷石積み。
フランク・ロイド・ライトが、帝国ホテルの旧本館で多用した石材として有名です。
でも、この地ではありふれた石材です。
というのは、産地の「大谷」はすぐ近く。
当時は自転車で大谷まで気軽に遊びにいきました。
この教会の石造りで窓の少ない重厚さはちょっとロマネスク的です。
ゴシックの壮麗さではなく、ロマネスクの地味な雰囲気が私の好みです。
昔の写真のように、壁にツタが絡まっていると更に良かったのに、と思います。

この教会って国の登録有形文化財に指定されているそうです。
登録文化財表示
子供の頃に日常的に使用していた施設が文化財になるって不思議な感覚です。
在園時は聖堂での礼拝の度に「天にまします我らの父よ」と唱和し、
卒園してからもしばらくは、卒園児向けのクリスマス会などが催されて、
椅子取りゲームやプレゼント交換を楽しみました。
そんな普通の生活の場だったんです。

園庭と園舎も以前のままのようですね。
愛隣幼稚園の園庭

愛隣幼稚園の創立は1912年、市内で一番最初の幼稚園だそうです。
教会は、その前年の1911年に、
日本聖公会の「宇都宮聖ヨハネ教会」として認可されています。
目白駅西の目白通り沿いにある「目白聖公会」もお仲間ですね。
目白聖公会
こちらは1918年の創設だそうですから、愛隣幼稚園の教会の方が先輩です。

昔の写真の小道の現況を逆方向からも撮ってみました。
関東バス跡地の巨大マンション
右側の専売公社の社宅だった所は、普通の住宅になりました。
反対側の畑は、「結婚式場くろかみ荘」の社宅を経て、今は建て売り住宅群になりました。
道の突き当たり、以前ここは関東バスの駐車場だったのですが、
敷地が広かった分、巨大な屏風のようなマンションが建ち、空を塞いでいます。
丁度この方向に沈む夕陽が、この小道で遊ぶ子供たちを赤く照らしていたのに、
今では赤くなる前に太陽が隠れてしまいますね。残念。

今回縁あって訪れた愛隣幼稚園のHPに、園の保育理念が記されています。
それを以下に引用します。
『世界で最初に幼児教育を手がけたのはドイツ人のフレーベルでした。
フレーベルは、幼子は放置しておくと野蛮人になってしまうとする当時の常識に反して、幼子が人間の命の豊かさを十分に示しているのに気づきました。
そこで、幼子が花のように美しく咲いているという意味で、Kindergarten(キンダーガーデン:こどもの園)という名前をつけました。
「神の国は幼子のような者たちのものである」というイエス・キリストへの信仰があったのです。』

この文章の中の「フレーベル」と「キンダーガーデン」で思い出した事があります。
私が園児だった頃、この愛隣幼稚園を通じて、
「フレーベル館」という出版社の「キンダーブック」という幼児誌を購読していました。
キンダーブック
(これは上野の国際こども図書館の展示品です)

更に調べてみると、「フレーベル館」も「キンダーブック」も現存しているんですね。
フレーベル館のHPには「キンダーブックのあゆみ」として、
昭和2年(1927年)の創刊時からの表紙が
『夢をつないで80年 あなたはいつの時代に出会いましたか』
の言葉とともにたくさん並んでいました。
ちなみに、私が馴染んでいたのは、表紙が真四角の時代のブックですよ。
また、表紙の一覧を注意深く眺めると、
戦時中、「キンダーブック」の名前が使えず
「ミクニノコドモ」の誌名で出版されていた時期があったようです。
そして翌年は休刊、更にその翌年には戦後復刊第一号を出版と、
このような幼児誌にも時代の世相は反映されるのですね。

今はどうでしょう?
この出版社はやなせたかしさん原作の「アンパンマン」シリーズを発売しているんですって。
素晴らしい!!
愛隣の心は、私の孫の世代にもちゃーんと繋がっているみたいですね。

Nikomat_FTNがやって来た2015年03月10日

1960年代の銘玉レンズを入手しました。
"Nikkor-S auto 50mmF1.4"というレンズです。
この当時のニコンを代表する(という事は日本のカメラ界も代表する)レンズです。
当時の一眼レフの最高峰機種である"Nikon F"と組み合わせると、
次の写真のように見事に絵になります。
Nikon_FとNikkor_50mm

ところが、このレンズ、実は次の写真のカメラとのセット売りでした。
Nikomat_FTN
カメラは"Nikomat FTN"ニコマートFTN、
"Nikon F"の弟分的な位置づけのカメラです。
だから、二枚の写真を並べると、「間違い探し」のクイズのように見えるでしょう?

私の欲しかったのはレンズだけなので、カメラ本体はどうでも良かったんです。
でも、せっかく我家にやって来たカメラですから、
このニコマートにフィルムを詰めて試写に出かけました。
銘玉レンズと同時に、カメラ本体の試写も兼ねようという訳です。
そしたら、なかなかの好感触。帰ってきて早速現像しました。
現像結果
絞りを内蔵露出計の指針に合わせて撮影し、全コマ適正露出でした。

雑司が谷から池袋周辺のスナップを、何枚か紹介します。
飛翔する二人
飛翔する二人

鬼子母神の仁王様
鬼子母神の仁王様

法明寺境内
法明寺境内

池袋の交差点
池袋の交差点

金乗院目白不動
金乗院目白不動

交差点の写真を見たある人は、「古い写真のようですね」と言ってくれました。
50年前のカメラとレンズで撮影した写真にこの感想、
私にとっては最高の褒め言葉です。

ところで、この"ニッコールSオート50mmF1.4"は今でも人気があり、
状態の良いものは結構な高値で取引されています。
私は幸運にもリーズナブルな価格で購入できたので、
カメラ本体のニコマートFTNはおまけのようなものです。

でも、おまけにしては勿体ないカメラです。
外装が今でも奇麗なだけではなく、
ファインダーも汚れやクモリがなく鮮明に見えていました。
そして、約50年前の製品なのに露出計が完璧な精度を出していました。
普通、この機種の中古では、露出計は死んでるものがほとんどです。

このカメラとレンズの前オーナーは、一体どんな人間で、
どんな風にこれを使っていたのか興味が湧きました。
ここで余計な詮索をしても何の意味もないですが、
前オーナーの人柄を推察すると、こうです。

ニコンを買うくらいだから、本当はニコンFが欲しかったのでしょう。
でも、Fは値段が高すぎるので、この弟分のニコマートで我慢したのだと思います。
ところが、第2希望のカメラながら手にしてみるとそれなりに愛着が湧き、
外に持ち出して使用する時も大切に扱い、
保管する時は電池が液漏れしないように、その度に電池を取出し、
カメラもレンズも、女房には絶対に触らせない。
まあ、私と同じようなマメな人間だった、と推察されます。

ところが、そのうちに小金が貯まると、
やはりニコンのフラグシップ機が欲しくなり、
遂にニコンFかF2を新しいレンズと共に購入。
出番のなくなったニコマートは保管庫の中で年月を過ごした後、
「さすがにもうフィルムカメラは使わないだろう」と売り払われた。
そして、中古カメラ屋さんを通じて私の元に来たのでしょう。

そんな前オーナーのおかげで、今でもこのニコマートは完璧に機能するのですが、
残念ながら我家にも、FにF2にF3と、ニコンのフラグシップ機が沢山あります。
ニコン一桁機

という事は、残念ながらこのニコマートの出番は今回限りかも知れません。
ニコマートが人間だったら、下図の「使用説明書」のように、
「僕だって、本当は美女の手の中でもっと活躍したかった」と言うでしょうね。
ニコマート使用説明書

Nikon F:1959年発売 定価:67,000 円(5cm F2付)
Nikomat FTN:1967年発売 定価:46,000円(5cm F2付)
Nikon F2 フォトミック:1971年発売 定価:96,700円(50mm F2付)
Nikon F3:1980年発売 定価:175,000円(50mm F1.4付)

ミノルタMC_Rokkor_100mmを美顔ピーリング2015年03月13日

"MC_Rokkor_100mm/F2.5"がやって来ました。
いつものようにジャンク品で、盛大な傷とカビのあるレンズです。
傷だらけのRokkor100mm
レンズ後玉の表面に、渦巻き状の傷がくっきりと見えています。
砂埃をレンズに付けたまま、ティッシュでこするとこのような傷が付きます。
でも、レンズに正対してみると次のように向こう側が見えます。
02
この状態でどの程度写るのか、おとめ山公園で試してみました。
02a
案外写っています。
まあ、素人が趣味で使うレンズは、この程度でも十分なんですね。

これまで100mm前後の中望遠のミノルタレンズは持っていませんでしたから、
今回入手したレンズは、傷物とはいえ来賓扱いです。
私の好きなニコンの"Nikkor_105mm/F2.5"がクレオパトラなら、
このミノルタの"MC_Rokkor_100mm/F2.5"は楊貴妃かな。
そして楊貴妃レンズであるとすれば、やっぱり単に写れば良いでは済みません。
レンズの表面(顔)もツルスベであって欲しいです。

早速、傷だらけの楊貴妃の蘇生術に着手しました。
レンズの中を覗くと、カビがあります。(下の写真の中央の白点)
03
これも同時に取り除きます。

まずいつものように前側から銘板その他を外します。
04
そしてレンズユニットを取出すのはロッコールレンズのお決まりの手順です。
05

この写真の左半分の細筒の中にカビがあります。
それをクリーニング液を含ませた綿棒で取り除きます。
06
奇麗になったら、念のためオキシドールでカビを完全に殺します。
07

次は問題の渦巻き状の傷を持つ後玉です。この後玉を筒から取出しました。
08
そして、次の写真のように円筒状のスポンジに両面テープで固定し
そのスポンジをミニルーターの先端の筒(ペットボトルの蓋)に差し込みました。
09
これを平らなスポンジ上に垂らした「酸化セリウム」で擦ることによって、
表面を滑らかにしようという訳です。
ところが最初、高速回転するルーターの遠心力で、
レンズを取付けたスポンジが吹っ飛んでしまいました。
レンズの端っこが少し欠けました。(;∀;)
今度は、差し込み形式ではなく回転する蓋に直接張り付けました。
10

ネット情報などによると、
この方法でレンズガラスを磨く人は一時間以上作業するそうです。
確かに硬いガラスを削るのは容易ではないですよね。
ところが、その人たちの結果はと言えば、素人作業では流石に均一には削れず、
研磨後の表面は波打って、「アチャー!」となるのが普通のようです。
まあ、その人たちも私も、結果がどうであろうと、趣味で勝手にやることですので、
誰にも文句をいわれないのが強みです。

と、なかば失敗を楽しむつもりでルーターを回して、僅か30秒後、
作業初期の様子を見るつもりでチェックしたら、既に傷は消えていました。
ただ、薄いカスミのようなクモリが確認できました。
10a
再度レンズをルーターに取り付け、更に30秒ほど追加で磨いたところ、
今度は、カスミも消えて無色透明なガラス玉に生まれ変わりました。

これを元に戻して、完成!
11
普通一時間かかる作業が、なぜ一分間で済んでしまったのか?
私はこう考えました。
「レンズ表面には、光学性能を上げるためのコーティングが施してある。今回の傷は、レンズのガラス部分には達せず、このコーティング部分にとどまっていたので、コーティングが全部剥がれると同時に傷も消えた」

つまり、巷で美顔術として行われているピーリングのようなものでしょうか?
ガラス部分を残して、コーティング部分だけを、傷もろとも剥ぎ取ってしまった訳です。

蘇生した美女を、もう一人と並べて見ました。
12
左ニコン、右ミノルタです。
そしてデジカメに取付けて、どの程度美しく甦ったかの試し撮りもしました。
次の写真が比較用のニコンの105mmで撮影したロシア美女のマトリョーシカ。
中央部を拡大して切り出しました。
13a
次が同様に、術後のミノルタの100mmで撮ったもの。
13b
悪くないと思います。
今度のwalk & shootはこれを持参する事に決めました。

ところでこの比較用の写真は二枚とも、ニコンのデジイチD600で取りました。
なぜミノルタの古いレンズがニコンのデジカメボディで使えるのか。
それはマウントアダプターなる便利なものがあるからです。
まずニコンとミノルタのレンズを後ろから眺めてみると、
14
この後端の爪(バヨネット)の形状が違っています。流用不可のはずです。
それで、次の写真の左側のアダプターをミノルタに取付けます。
15
すると、後端の爪の形状が次のように同じになります。(分かりにくい写真ですが)
16
これでミノルタのレンズがニコンのカメラで使えるようになりました。
もっとも、このアダプターを取付けると、
レンズからフィルムまでの距離が規定より長くなってしまうので、
調整用のレンズが一枚必要になります。
これはアダプターに内蔵されています。
厳密には、その一枚分だけ画質が低下します。
でも、上の比較写真で分かるとおり、実用的にはまったく問題ないです。

問題は、このアダプターの方がレンズ本体より遥かに高額なこと。
ジャンクレンズ遊びは安いようで、
修理道具とか周辺機材には結構お金が掛かります。
ジャンクレンズの目安は、約千円〜二千円/1本ですが、
このアダプターは約八千円、
ミニルーターはアタッチメントも含めると、軽く一万円を越えます。
やはり楊貴妃と付き合うのは、お金が掛かります。

ミノルタレンズで下落合の春を撮る2015年03月15日

春分の日はもう来週。
すっかり春めいて来た目白です
下落合の春の風景を、早速 walk & shoot してきましたよ。
ミノルタX-700
用意したレンズはミノルタの"MD 50mm/f1.4"標準レンズと、
先日ピーリングを施して奇麗になった"MC TELE Rokkor 100mm/f2.5"

近衛町近くのマンションで。
01
春って、自転車が似合う季節ですね。

いつもの相馬坂の景色も温い感じです。
02

次は氷川神社前の風景。
写真中央の境内で色づいているのは右が白梅、左が早咲き桜。見頃です。
03

次のホンワカした写真は、野鳥の森公園にて標準レンズ開放で撮影したもの。
春霞ではないですよ。
04

陽光を浴びる廃屋。こういう景色が何故か私の好みです。
05

新目白通りへ向かう道。
子連れ自転車のお母さんも私好みの被写体です。
06

おとめ山公園の弁天池では、亀も陽光に首を伸ばしていました。
07

このうち、相馬坂・氷川神社・ママチャリ・亀の四枚が、
修理したばかりのロッコール100mmで撮ったものです。
もう十分にレンズ代は取り返した気分にさせる walk & shoot でした。

(追記)
下落合氷川神社の白梅と桜をiPhoneで撮影した写真も載せておきます。
白梅

河津桜

カリカリ画像のロッコールレンズ(1)2015年03月18日

自前修理で一応使えるようになったミノルタのレンズが増えてきました。
いずれも銀塩時代のレンズで、いわゆるオールドロッコールです。
これらが、本当の所、どの程度使い物になるのか試してみました。

比較対象はこれも銀塩時代のオールドニッコールレンズです。
このニッコールは、私が本気モードで蒐集したレンズです。
だから、一応プロの整備を受けた良品ばかりです。
例えば、35mmの作例:目黒の水かけ不動
ニコンの名玉35mm
次は、50mmの例:高田の裏道
Nikkor50mm/f1.4
次は、105mm+デジタル一眼の例:新江戸川公園のヤツデ
Nikkor105mm/f2.5
フィルムでもデジタルでも、さすがニコンの味がするでしょう?

ロッコールレンズについては、以前、目白台運動公園で試写をしたことがありました。
その時の写真と、ニッコールを使って同じ場所で撮影したものを比較することにしました。
もちろん絞りはどちらも同じ値(f=5.6)に揃えました。
その他、太陽光の状態とか、フィルム現像時のバラツキとか、
レンズ以外の変動要因もありますが、何らかの目安が得られるはずです。
私の希望的予想は、
「さすがにニコンには敵わないが、自前修理の割には良く写っている」
との結果が得られることでした。

ところが、結果を見てびっくり!
私の修理したロッコールは、ニコンのレンズに負けていませんでした。
以下に左ミノルタ、右ニコンで並べてみました。

■広角レンズ比較
35mm対決
左:MC_W.Rokkor_35mm/f2.8
右:Nikkor-S_auto_35mm/f2.8

■標準レンズ比較
標準対決
左:auto_Rokkor-PF_58mm/f1.4
右:Ai-S_Nikkor_50mm/f1.4

■中望遠レンズ比較(これはおとめ山公園でのもの)
100x105mm比較
左:MC_TELE_Rokkor-PF_100mm/f2.5
右:Ai-S Nikkor_105mm/f2.5

どの画像比較でも、解像力はロッコールレンズの方が上回っていました。
暗部から明部まで、丹念にディテールを拾っていて、哲学者のような写りです。
一方、ニッコールはハイライト部の抜け方が美しく、画像全体に清潔感があります。
この結果については、後日また解釈を加えるとして、
取り敢えず、私の素人修理も捨てたものではないことが証明?されました。

続く