▪️次のボックスに適当な文字列(複数可)を入力して、当ブログ内を検索できます ▪️下の目次タイトルをクリックするとテーマ別過去記事の目次へ飛びます
    ・目白の風景 今昔:目次
    ・吉祥寺の風景 今昔:目次
    ・昔と今の写真(番外編):目次
    ・地中海バブル旅行etc.:目次
    ・旅のつれづれ:目次
    ・母のアルバム:目次
    ・目白ジオラマ鉄道模型:目次
    ・すべてのカメラに名前がある:目次

ピーコックでお買い物(2)2013年03月10日

前回)からの続きです。
40年前、私は農林中金テニスコート(現:上り屋敷公園)南のアパートに住んでいました。
このアパートからピーコックまで買物に行くのは、
天気の良い日は本当にお散歩気分でした。
下の写真は西武線の踏切を渡って、
河合編物服飾学園前で西へ方向を変えたところです。
河合編物前

これは徳川黎明会から西へ向かう道です。
徳川黎明会西

この道沿いの景色がどのように変貌したかは
河合編物からピーコックへ」で比較してとても楽しかったです。
ちょっと見には景色が一変しているように思える場所でも、
以前の景色の痕跡がどこかに残っているもので、それを探すのが面白かったのです。
土地の分割、家の建て替え、塀の模様替えなどでは、
街の性格は本質的には変わらないのですね。

ところが、新目白通りとか現在進行中の環状4号線とか、
新たな都市計画道路が街を貫くことになると別問題です。
その街の本質的な属性も変わってしまいます。

上り屋敷を貫く都市計画道路の補助73号線の計画があります。
公的な図面にも載っています。
現在完成している部分は、池袋の東京芸術劇場の脇を通るので
「劇場通り」と呼ばれたりします。
でも、計画の未着手部分は、過去の勇み足=ほぼ不可能な夢物語、と思っていました。
池袋消防署と勤労福祉会館の横で行き止まりになって、
そこから南の部分は、ここ40年間まったく進展しなかったですからね。

目白(上り屋敷)の入口」にも掲載した、その行き止まり部分の写真です。
劇場通り行き止まり

ところが、先日、「豊島新聞」の2012年5月9日号のひとつの記事を偶然見つけました。
池袋西地区開発委員会など3団体が、東京都に対して補助73号線の川越街道から東武東上線下板橋駅まで、また池袋消防署前から目白通りまでの延伸を要望した事が報道されていました。
東京都も、「73号線についても木密地域整備のなかで、とくに緊急に整備する地域と位置付け延焼遮断帯等の整備、そして安全安心の街づくりを積極的に進めていく計画です」と応えたそうです。

私の「思い出の道」が消えてしまうのか?
と若干心配になって、その位置関係を調べてみました。
私の「お買物ルート」と「補助73号線」を一つの地図に落とし込んでみました。
お買物ルート
ピーコックの手前で非常に接近しますが、一応、干渉はしていないようです。

ピーコック脇に立って、73号線と目白通りが交差する予定部分の写真を撮ってみました。
これが北から交わる部分。
北側

これが南の新宿方面へ向かう部分。
南側
ここが補助73号線と目白通りの交差点になるなんて、本当に可能なのかな?