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まつげにピントを合わせよう2013年08月02日

前回)からの続きです。

中判カメラを買った理由は、
上から覗くスタイルに憧れたからだけではありません。
カメラ雑誌に載っていた、プロの風景写真に感動したからでもあります。
例えば、森の風景を撮影していながら、
良く見ると葉っぱの一枚一枚が写っているような写真
への素朴な驚きと憧憬?がありました。

それらの写真のクレジットには、
リンホフスーパーテヒニカとかトヨビュー何とかなど、
撮影機材として、いわゆる大型カメラの名前が載っていました。
昔の雑誌では、下の写真のように素人を扇動したりするんです。
右側の丸に大型カメラ購入を勧める記事があります。
大型カメラへの誘惑
ちなみに左側の丸が私を誘惑したマミヤm645の広告です。

それで、大判はさすがに無理としても中判くらいならと考えました。
当時、日常使用には十分すぎる機能の”Nikon F2”を持ちながら、
熟慮?の結果、ついに”マミヤC220 Professional”を手に入れました。
その頃の手あかの付いたカタログが残っていました。
マミヤC220カタログ
熟慮したかどうかは怪しいですが、熱読・熟読はしたようです。

この二眼レフ、かなり気負い込んで買ったはずなのに、
最初に何を撮ったのか、実は記憶が定かではありませんでした。
それで、昔のネガファイルを取出して調べてみました。
多くのネガスリーブには、撮影日とテーマが記されています。
その頃の私は結構、ヒマで几帳面な性格だったようです。

そして特定しました。
記念すべき最初の一枚。
最も古い日付が記されていたフィルムの一コマ目です。
二人の姪
1976年3月28日に指をしゃぶる二人の姪を撮ったものです。
この傾き加減とか、ピンボケ具合とか、いかにも最初の一枚です。

その後、特にピント合わせには気を付けました。
ものの本によれば、「目」にピントを合わせること、
それも斜め顔であれば、手前の目に合わせるのが基本だとありました。

次は、購入後しばらくしてからの写真です。
井之頭公園でポートレート
ピントはまあまあですが、厳密に言うと奥側の目にピントが合っています。
三脚を使用しないスナップショットでは限界があります。

それ以降も、現像から上がった写真を見る度に、
ピントとボケの出来具合には一喜一憂しています。
1977年11月の井之頭公園
井之頭公園で後ろ姿

1978年4月の吉祥寺
右目にピント

昨年また使い始めました。昨秋、新江戸川公園の曼珠沙華
新江戸川公園の曼珠沙華

ピント合わせに関して、最近のカメラの進歩はすごいです。
顔認識による自動焦点機能は当たり前になりました。
最新のデジカメを使えば、ほとんどカメラまかせでOKです。
個人の技量の出番はありません。

でも、外人さんの彫りの深い顔をアップで撮る場合は、
顔のどこにピントを合わせるのでしょう?
目か眉毛か鼻の頭か。
「平たい顔族」である日本人の場合はアバウトでも良いですけどね。
(映画「テルマエ・ロマエ」を観たら、
 浴場の設計をしているローマ人の技師ルシウスは、
 タイムワープして迷い込んだ現代日本で、
 そこに暮らす人々を「平たい顔」を持つ人々と表現してました)

私の所有するオリンパスPEN E-P3は、彫りの深い顔の撮影用として、
実に素晴らしい顔認識機能を備えています。
瞳検出機能です。しかも、
「近い方の瞳」を検出してオートフォーカスします!
瞳認識機能で赤ちゃん

カメラという機械にしてみれば雑多な形が溢れているはずの画面の中で、
人間の顔を、そして瞳を認識するって、技術の進歩はすごいですね。
とは言え、この機能、100%というわけにはいきません。
人によって瞳のくっきり度も差がありますから。
キャリパミュ

きゃりーぱみゅぱみゅのようなおおきなつけまつげつけてるひとならまつげにぴんとをあわせやすいかもしれませんね。
(終り)

iPhotoのアップグレード失敗で写真消失2013年08月09日

Macで管理していた写真データ「2万枚分」が消失!しました...(ノ゚ο゚)ノ・・・・・
昔の銀塩写真から、やっとの思いでデジタル化したデータなのに。
でも解決策を探して一週間、やっと取り戻す事ができました。
ことの起こりはMacの買換え。
6年前購入したiMacの動作がもたついて来たし、
HDDの容量も足りなくなって来たので、最新のiMacとOSに換えたのです。

OSは"OS X 10.5 Leopard"から"OS X 10.8 Mountain Lion"に、
写真管理ソフトは"iPhoto'09"から"iPhoto'11"になりました。
旧ライブラリデータは三つありましたが、
それぞれ新しいMacにコピーしてiPhotoを起動すると、
ライブラリーのアップグレードを促されました。
iPhoto'11へのアップグレード

そして指示に従ってアップグレードすると、
二つはうまく行ったのですが、
一番古くて大事なライブラリがこんな具合になってしまいました。
黒のイベントが整列

本来の姿はこうです。
本来の姿
「イベント」が日付順に整然と並んでいます。
(すべての写真がイベントと呼ばれるテーマ毎に分類されています)
イベント毎の代表的な写真が見出し代わりに表示されています。
便利で美しかったです。

真っ黒なイベントをクリックして中を見てみると、やはりこうです。
イベントの中身も黒
幽霊が整列しています。

アップルのサポートページを見ると、
多くの皆さんがこの問題で苦労しているようです。
個別的な解決方法を見いだした方もいたりしますが、
ソフトとしてのバグフィックスにはなっていません。
アップル側の回答も一部載ってはいるものの、
データの再構築などのありきたりの対処法を例示するだけで、それも、
「この方法で解決することもあります。」
とヘナヘナ〜と力の抜けてしまうようなサポートです。

多くの方は、諦めて、何とか「生データ」だけでも見つけてきて、
ライブラリの構築を一からやり直すことになるようです。
私もその方向で努力しようと考えましたが、
写真に付与した「タイトル」や「説明文」とか
データ化したアナログ写真に割り当てた「日付情報」や「GPS位置情報」
などの回復もやろうとすると、
少なく見ても、ざっと3ヶ月か半年くらいはかかりそうです。

そこで何とか手抜きができないかと工夫しました。
真っ黒のイベントも良く見ると、写真が表示されていないだけで
昔と同じ並び方をしているようです。
イベントの中も、これまた写真が表示されていないだけで、
写真の枚数や、タイトル名は引き継がれているようです。

「ひょっとしてデータベースの形は整っていて、データが抜けているだけでは?」
と期待しました。
それで、iPhotoライブラリのデータの中身を見てみることにしました。
iPhotoのデータはパッケージになっていて、そのままでは中身は見えませんが、
右クリックして「パッケージの内容を表示」を選ぶと、
フォルダの構成が分かります。

下の写真で、左から順番に
・アップグレード前
・アップグレードに成功した例
・アップグレードに失敗した例
・iPhoto'11で新規に作成した場合
のフォルダ構成を示します。
フォルダの中身比較

ソフトのバージョンアップにともなって、
画像データの収納フォルダの名前が変わっています。
Originals と Modified とあったのが Masters と Previews に
なっているようです。
アップグレードに成功した場合のフォルダ構成によれば、
Originalsエイリアス は Masters に結びつけられ
Modifiedエイリアス は Previews に結びつけられていました。
そこで、ものは試し、ダメもとでフォルダ名のリネームをしました。
アップグレードに失敗したライブラリの中身のフォルダ名を、
Originals → Masters 
Modified → Previews 
のようにリネームします。
修復完成形
あと、形を合わせるためにエイリアスも作りましたが、これはなくても良さそうです。

そして、iPhotoを起動すると、
「サムネイルのアップデート中」の進行バーが長時間表示された後に、
「2万枚の写真」が復活しました。

この方法も対症療法に過ぎないので、以下のような出来栄えです。
うまく行ったのは ○、行かなかったのは ×、です。
でも99点の出来ではないでしょうか?

・イベントの配置とその中への写真の振り分け ○(完璧)
・タイトル名 ○
・説明書き ○
・iPhoto上で付与した位置情報 ○

・フラグ ×(引き継がれません)
・レートなど ?(使ってない)
・アルバム ×
・作品 ×

(追記:その後、iPhoto起動時に「データベースの再構築」を実施したら、
 アルバムや人々等も、という事はほとんど全ての項目が復活しました)

アップグレードに失敗する理由はいろいろあるようです。
壊れたファイルを内包していた、とか
単純にデータサイズが大きすぎた、とか言われています。
私の場合は、ライブラリ作成時のiPhotoバージョンを疑っています。
というのは、アップグレードの失敗と成功が次のように分かれているからです。
LeopardのiPhoto'08時代に作り始めたライブラリが失敗しています。

iPhoto'09で作成1 -- ○ -→ iPhoto'11
iPhoto'09で作成2 -- ○ -→ iPhoto'11
iPhoto'08で作成 -- ○ -→ iPhoto'09へUG -- × -→ iPhoto'11
iPhoto'08で作成 -- ○ -→ iPhoto'09へUG後に減量 -- × -→ iPhoto'11

アップグレードに失敗する場合の経過と、事後の対処策をおさらいします。
1.アップグレードの指示に従う
iPhoto'11へのアップグレード

2.アップグレード進行
アップグレード進行

3.終了一歩手前で落ちる!しばらくしてダイアログボックスが出る
再度開く

4.「再度開く」を選択してしばらくすると空のイベント群が出現
真っ黒イベント

5.ここで慌てす、何もせずにiPhotoを終了した後、前述したように
 データの「内容を表示」してOriginalsとModifiedフォルダのリネームをする

6.iPhotoを開く。サムネールアップデートが行われる
サムネールアップデート

7.イベント枠の黒地にジワジワと写真が出現してくる。
 下の画像は完了直前、あと一つの状態です。
修復成功

8.万歳三唱

途中でこの手順から少し逸れてしまった場合、
「ライブラリにない写真を発見しました。読込みますか?」
的な質問がきますが、これには「No」で対応しないといけません。
「読込む」を選択すると、もともとOriginalsとModifiedの二つのフォルダに
正しく振り分けられていた全ての写真が、
いっしょくたにRecoveredフォルダに放り込まれてしまって、
データベースの復元が不可能になりますので要注意!です。

この一週間、ろくに飯も食わずにトライ&エラーを繰り返していたので、
心身ともかなり消耗しましたが、家族に言わせると、
パソコントラブルに見舞われた時の私が一番嬉しそうに見えるそうです。
そういえば、昔からMacの爆弾を見るのが好きでした。
爆弾マーク

これが出ると、再起動してMacが正常に立ち上がるまでの間、
祈るような気持ちで待つのですが、
爆弾に見舞われた人達みんな「あ〜、また出ちゃったよ!」
と楽しそうにしていたことを思い出します。
...(続く

iPhotoの幽霊退治2013年08月11日

前回)からの続きです。

Mac用写真管理ソフトのiPhotoは、楽しい機能を沢山備えていますが、
うまい話ばかりではありません。
長年使っていると、幽霊に悩まされることが多々あります。
不要になった写真をdeleteしても、幽霊となって残ってしまうのです。
この現象は世界的なものらしく、
Appleのサポートコミュニティでも取り上げられています。
こういう状況です。

当初の画面です。
iPhotoの幽霊の出現前

このうち5枚目と6枚目を削除したとします。
一旦消えてくれるのですが、Macが疲れていたりすると、
次にiPhotoを立ち上げた時、こうなってしまいます。
幽霊現る
特に不都合はなくても、ちょっと気持ち悪いです。
ここで、もう一度deleteして幽霊を消しても、
一旦iPhotoを終了してまた立ち上げると、
2枚の幽霊はちゃんと残っているのです。
何度やり直してもよみがえってきます。

これについて、サポート側は、
「データベースの再構築をして下さい」とか助言してくれますが、
助言に従っても、簡単には直らないことが多いです。
私が思うに、ビジネス用ではないこのソフトは、
楽しさを追求していて、堅牢さを求めていないのでしょう。

この現象に対して、私が発見した画期的な解決法を示します。
幽霊を選択して、この2枚に対してメニューから「写真を隠す」を指示します。
すると下の写真のように、2枚の幽霊にバッテンがつきます。
幽霊退治

「写真を隠す」というのは、写真を残しておくけれども、画面には表示しない、
という機能です。必要に応じて解除することもできます。
同じようなショットが沢山ある時には便利な機能です。
見た目がシンプルになりますからね。

そして「隠された写真」のコマンドを実行すると、こうなります。
退治完了
望んだ表示方法になります。そして、
再度iPhotoを立ち上げても幽霊は出てきません。
どうやっても、二度と出てこないのです。

先日歌舞伎で見た「東海道四谷怪談」、
この話の中で、主人公伊右衛門は毒薬で亡くなった女房お岩の亡霊に悩まされます。
切っても切ってもまた現れてくるのです。
それは当たり前で、既に死んでいる亡霊を再度殺すことはできないんです。
でも、伊右衛門が眼を塞いだらどうでしょうか?
見えない亡霊はいないのと同じことですから、もう恐くないはずです。

そんな馬鹿なことを考えさせるiPhotoは、
脆弱なソフトであるが故に楽しさ一杯です。
…(続く

MacとiPhotoの式年遷宮2013年08月13日

前回)からの続きです。

下の写真は丁度40年前の5月の伊勢神宮です。
第六十回式年遷宮の年でした。Minolta SR-7で撮影。
40年前の式年遷宮

皇大神宮御正宮
皇大神宮御正宮

式年遷宮

40年前の宇治橋
宇治橋

こちらは丁度20年前の10月の伊勢神宮です。
第六十一回式年遷宮の年でした。大衆向けカメラで撮影。
第六十一回式年遷宮

第六十一回式年遷宮2

五十鈴川と御手洗場
五十鈴川と御手洗場

そして今年、第六十二回式年遷宮の年の写真はまだありません。
遅ればせながらこれから行くのです。
カメラはどれを持って行くか迷います。

二十年毎に隣接地に新しい社を再現して行くという
この式年遷宮のありかたは素晴らしいです。
苔むした古い社と、ヒノキの香りの匂い立つ新しい社を同時に眺めると、
古代の人々の美意識の高みに圧倒されそうになります。
また、もの造りにおける技術伝承のシステムとして、理想的とも言われています。
「屋根の堅魚木の先端金物はどうなっていたんだっけ?」
と職人さんが疑問を持っても、隣の社を見ればすぐ解決しますからね。
まあ、そんなレベルの話ではないでしょうが。

我家でも先日、遷宮しました。
Macの式年遷宮
右のold-Macから左のnew-Mac へデータやソフトを移しました。
データなどは、不要なものを除いて軽量にしてコピーし、
ソフトはできるだけ新規にインストールし直しました。
上の写真は、新旧を比較検証しているところです。
快適にパソコンを使うために、あるいは故障してやむを得ず、
このように定期的に機器やソフトを更新しています。
もっとも、左側のキーボードは十年以上前のMacG4のものです。
最近のAppleキーボードは見た目優先で使いにくいです。

古いiPhotoから新しいバージョンのiPhotoへのデータの移行には難儀しましたが、
何とか成功し、生のスキャンデータからのiPhoto再構築はやらずに済みました。
どうにもならない時の最後の拠り所、と思っていたその生データは下の写真にあります。
下駄箱のサーバ
右の黒い物体がそれです。
ネットワークハードドライブ、我家のパソコン全般のバックアップを担っています。
ここは下駄箱(今はシュークロゼットというらしい)の片隅です。
言わば、我家の奥の院。ここでひっそりと役目を果たしています。
安心です。

とはいっても、
同じ家の中の事ですので、万一火事にでもなったら全てがパーです。
それで、例の本当に大事なiPhotoライブラリデータは、
現在地方都市に住んでいる娘のiMacにも保存しておく事にしました。
関東大震災に備えてです。
これは、式年遷宮というよりも、首都機能移転というべきか?
(終り)

明治通りのイチョウ並木が消えた?(1)2013年08月15日


40年前の明治通りのイチョウ
この写真は40年前の都電学習院下近くの風景です。
右側が都電、左側に明治通り、正面が千登世橋になります。
一月の風景なのでイチョウの並木も裸です。
それでも、この街路樹があってこその明治通りです。

このイチョウ並木、暫くの間「さようなら」となりそうです。
「環状第5の1号線」の工事のために、ここの道路線形が変わり、
並木にも手を付けざるを得なくなるようです。

名残惜しさに、通りの風景を振り返ってみることにしました。
2012年8月、Hasselblad 500Cで撮影。
ハッセルで撮影

2012年12月、Olympus E-P3で撮影。
オリンパスEP3で撮影

2013年1月、Nikon D600で撮影。
Nikon_D600で撮影

2013年5月、フジペットで撮影。
フジペットで撮影

2013年8月2日、Mamiya m645で撮影。
m645で撮影
通りの左側に工事用車両が3台写っています。
イチョウの伐採中でした。

そして8月13日、Olympus E-P3で撮影。
Pen_E-P3で撮影
左側はすっかりクリアランスされました。
右側はまだ残っています。

逆方向(新宿方向)を見てみると、
明治通りの新宿方向
こちらは道路工事の範囲外なので、並木は両側とも手つかずのようです。

さて、伐採あとを近くで見てみると、
イチョウの伐採あと
アスファルトで仮舗装されています。
この付近は、道路中央対面の2車線分を掘割形式とするために、
道路幅が最大で6mほど拡幅されるそうです。
という事は、写真左側の千登世橋中学校(40年前は高田中学校)の校庭も
無傷ではいられないという事なのでしょうか?

こんなお知らせが学校入口近くに掲示されていました。
中学校のお知らせ

また、伐採あとの先ほどの続きです。
千登世橋方向
中央遠景の千登世橋手前は、イチョウがまだ数本残っていました。

道路の反対側から見ると、
残ったイチョウ
枝は切り落とされていますが、樹木は健在です。
この付近では前述の2車線が、掘割でなく完全に地下道路になるので、
道路幅と並木には手を付けなくても良いのかも知れません。

それにしても、この地下道路が建設されると、
千登世橋付近の交通施設は、地上の高い所から順に、
目白通り・明治通りと都電・明治通りバイバス地下道路・副都心線、
と4層構造になります。
目白が未来都市に変貌するのかな。

工事が完全に終了する時は、多分、イチョウの若木が植えられるはずです。
今でも傷んだ樹木の換わりに、所々植えられています。
イチョウの若木
こんな感じで、若木だけのイチョウ並木ができたら、
それはそれで可愛いかもしれません。

いずれにせよ、この道路事業はしばらく要ウォッチです。
続く